3日後、チャーチル首相は下院で短い演説を行った。「わたしが提供できるのは血と労苦と涙と汗、これら以外に何もない」という言葉で有名な演説である。 この演説で、政府の政策と目的をこれ以上はないほど明確に表明している。「政策は何かと問われるであろう。わたしはこう答える。戦争を遂行すること、海で 戦い、陸で戦い、空で戦い、力の限りを尽くし、神に与えられた力をすべて使って戦い、人類の犯罪の暗くて酷い歴史にも類をみないほど非道な圧政と戦うこと である。これが政策である。目的は何かと問われるであろう。この問いには一言で答えられる。勝利だ5と。いかなる犠牲を払っても、いかなる恐怖に襲われて も、いかに長く、困難な道であっても、勝利を収める。これが目的だ。勝利しなければ、生き残ることはできないのだ」
フランスが降伏した直後の6月18日、チャーチル首相は下院で演説し、イギリスがすぐにドイツに屈服するとの見方を強く否定した。最後にこう述べてい る。
ウェーガン将軍がいうフランスの戦いは終わった。イギリスの戦いが間もなくはじまる。この戦いに、キリスト教文明の生き残りがかかっている。われわれイ ギリス人の生活が、命がかかっている。われわれの体制と帝国の存続がかかっている。敵は凶暴な力を、間もなくわれわれに向けてくる。ヒトラーはこの島でイ ギリスを打ち破らなければ戦争に負けることを理解している。われわれがヒトラーに立ち向かうことができれば、ヨーロッパ全体が自由になり、世界全体が光り 輝く広大な高地に進めるだろう。だがわれわれが敗北すれば、世界全体が、アメリカも含めた世界全体、われわれが慣れ親しみ、大切にしてきたものすべてが、 新たな暗黒時代に落ちこむだろう。それも、科学の悪用によって、もっと悪質で、おそらくはもっと長期にわたる新暗黒時代に。それ故、決意を固めて義務に取 り組み、大英帝国と英連邦が1000年続いたとしても、「これこそもっとも輝かしいときだった」と語り継がれるようにしようではないか。
同じ姿勢は、たとえば1941年10月29日に母校のハロー校を訪問したときの演説にもみられる。この演説は「絶対に屈服しない。絶対に屈服しない。絶 対に、絶対に、絶対に、絶対に」という言葉で有名だが、締めくくりの部分も魅力的だ。「暗い日々と語るのはやめよう。厳しい日々だといおう。いまは暗い日 々ではない。偉大な日々、われわれの国にとってかつてないほど偉大な日々なのだ。われわれはみな、神に感謝しなければならない。一人一人がそれぞれの持ち 場で、この日々をわが民族の歴史で長く記憶されるようにする動きに参加することを許されているのだから」
これらの演説を読んでいくと、政治家とは何か、政治指導者とはどのような役割を果たす人物なのかがみえてくる。政治家は言葉で国民を動かす。未曽有の危 機のなかで進むべき道を指し示し、国民の士気を高める。