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積読・読書途中の本に関する雑感や、オンライン上の面白コンテンツ、そして世の中の不合理に対する暴言を脊髄反射的に記す。
yutakashino
(柏野 雄太)

another weblog: kashino.exblog.jp

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Apr
30th
Fri
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我が家のデジタルネイティブが「高3になって、受験ばかりでお先真っ暗」とある日言ったので
大学に入ったら、テレビで話題になっている「スマートフォン」の最新式を買ってあげるから、と慰めるつもりでいうと、
「いらない、スマートフォンなんて喜んで買ってるのは年寄りばかり」と言いかえされて、
なんたることか!(って、前に書いたな)と思ったんだけど、彼女曰く、
「スマートフォンが本当に必要な人ってそんなにたくさんいるのかな、いつもどこかの誰かとつながる機能なんて必要?」
「携帯に私たちが求めているのは主にメール機能で、スマートフォンは画面で操作しないといけないから、早くメールが打てない」
「友達でもスマートフォンを持っている人もいるけど「使いにくい」って不評だよ、片手では打てないし」
「ボタンの感触、って大事なんだよ、わかってないなあ」
ついでに「私たちはツイッターも多分しないよ、なんの意味があるのかわからないし」などと、
我が子の父親は「マイコン」時代から部品を組み立てていた人なので、この子も幼児期からマックでお絵かき遊びを楽しんで育って、
今やパソコン自体やソフトの扱いは、父親を抜いてこの子が一番詳しいはずなのに
世間で喧伝される「ネットを通じた明るい未来」なるものには冷ややかだったりする。
「「手のひらに世界」なんて、「ない」」と、「出来る人はいるんだろうけど、そんな人ばかりじゃないでしょ」って、
自分がそうなる、とは思ってもいないんだよな、やはり世界は広くて、これから踏み出して歩いていかなければいけないのだと、
案外「感覚」的に「アナログ」であったりして、
つまり、ネットやパソコンは、電話やテレビみたいなものでしかない、かつて、テレビや固定電話は「新しい時代」の希望に充ち満ちたものであった、
と、それが当たり前にあった世代の私は親から聞いていたわけだけど、実際、それがあったから世界がどうなったか、と言うと、
まあ、基本的に人間の営みってそうそう変わるものじゃないものね、「便利」にはなったけど、「無限の可能性」ではなかった、
親世代がそこそこネットやパソコンを使えて「デジタルネイティブ」の名称を与えられている子どもが「ネイティブ」である所以とは
その便利さが「当然」である、と同時に過度な期待は抱かない、そういうもんなんだろうな。

デジタルネイティブ・覚え書き(?) - ちゃずけのきろく

まあ、子供に肩透かしされる感覚は分からないでもない。

でも本当に子供をデジタルネイティブにさせたかったら、中学にはいったらMacはターミナルだけを使わせるべきだ。マウス・トラックパッド基本禁止。vimデフォルト、Python、シェルスクリプトあたりまえ。ご褒美はスマートフォンやiPadなんてチャライのではなく、男のHHKB Pro2。ただ、gccに苦悩中。あ、いや、いまうちのガキに仕込み中なもんで。